もし我が子が不登校になったら。。。

うちの双子は幸いなことに、小中高と毎日元気に通っていましたが、その長い学校生活、楽しいことばかりでなかったのは当たり前だと思います。

私は双子が1歳の頃からフルタイムで働いていましたので、学校行事は大きいもの(入学式、卒業式、運動会、学芸会など)しか参加できず、参観日などは数えるほどしか行けてません。

クラスも二人分かれており、プリントなどに親が名記する時は常に「あんた何組さ?」と聞くくらい子供達に無頓着だったので、お友達の名前もごく限られた子しか知りませんでした。

 

そんなある日、 いつものように晩ご飯を食べながら「学校楽しい?」と何気なく聞きました。

すると突然、こーきが泣き始めたのです。

うち子達はあまり嫌なことは言いません。お友達のことも悪く言いません。

たとえ意地悪されても、した子を悪く言わない子達でした。

 

びっくりしました。何があったのかと思った。

よくよく聞いてみると、今でもあるのでしょうか? 昔ひとしきり騒がれた【学級崩壊】小学4年の時でした。

立って歩く。大声で騒ぐ。先生をバカにする。危険行為をする。

先生は泣き出し、全く授業にならない日が続いていたそうです。

全然知らなかった。そんな状態になっていたなんて。

「ツラいねぇ。こーきは何がツラい?」と聞くと、

まず先生がかわいそうだ、と。みんなにいじめられて、注意しても聞かず、泣いてると。

そしてぼくはみんなを止められない、と。

その話を聞いている私達も三人で泣きました。

こういう時に何て言ってあげたら良いのか…。

分からなかったけど、私なりの考えを言ってみました。

「どっち側にもつかず、真ん中の立場で見てごらん。先生の味方とか、クラスの仲間だからという考えではなく、どっちの立場からもみて、どうしてこういう状況になってしまったのかを、こーきなりに考えてごらん。そして皆を注意できなかったとしても自分を責めなくていい。でももし勇気を振り絞って止めた時は私に言ってね。矛先がこーきに向いたら私はいつでも学校に行くから。」

「こうやって、人の為に泣けるこーきを私は誇りに思うよ」

 

この小さな胸をどんだけ痛めたんだろうか。

どんな思いで毎日「いってきます」と言ってたんだろうか。

結局【学級崩壊】の終息はどうだったのかは忘れちゃった^^;ずいぶん前の話だから。

でももし気付かずに心の限界が来ていたら、不登校にもなっていたかもしれない。

もし不登校になったとしたら、私は間違いなく「お願いだから学校に行って!!」なんて、絶対言わない。

そうだな。

一週間…半月くらい子供と一緒に湯治に行く!!

温泉で心の傷を癒しながら、とことん語り合おうじゃないか。

学校なんて自分がやりたいことを見つけた時、自然に行きたくなるもんさ。

会社勤めをしていた私も、おそらくクビでしょう。

しょうがないよね。子供より大事な仕事なんてないよ。特に当時は雇われだったし、仕事は私の代わりなんていくらでもいる。

でも、この子達の親は私しかいないんだから。

そんな生ぬるいことを言ってたら湯治に行くチャンスもなく、専門学校も無事卒業できました^^v

良かった良かった♪

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あらいやだ。

ちょうどいい小学生の写真がないもんだから、ずいぶん小さい時のにしちゃった☆

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斎藤 美紀
1973年1月、生まれも育ちも北海道 釧路です。國學院短期大学 国文科卒業。21歳の時に双子の男の子を出産、間もなく離婚。ずーっとシングルマザーで今に至ります。双子が高校卒業して地元から離れた時、軽い「空の巣症候群」になりかけましたが、ボディジュエリーアート、3Dボディジュエルと出会い、回復しました。2012年9月ビュエリスト協会認定ボディジュエリーアーティスト。2013年7月ユリシス3Dボディジュエルプロベーシック取得。同年10月ユリシス3Dボディジュエルプロスペシャル取得。2014年1月ユリシスドンネ・デコ取得。同年6月ユリシス3Dボディジュエルパートナー資格取得。2013年11月1日Salon Echelleオープン。

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